九谷鉢と桃
安井曾太郎( 1888-1955 )
安井曾太郎は梅原龍三郎と共に日本の洋画界に新風を巻き起こし、 1930年代の洋画界を支える人物として活躍した。 また、安井は誠実で温厚な人柄で、美術界での人望が厚かった。 その人柄は作品の構図や色彩にも反映されているようである。
さて、この作品は画面いっぱいに九谷鉢と桃を捉えたシンプルな構図である。 余分な要素は取り払い簡潔な線と色彩によって対象をいきいきと描く安井の特徴がみられる。 画面の中を大きく一周する楕円が構図の絶妙なバランスを整え、 その歪みを加えられた鉢の中に6つの桃がごろりと無造作に転がっている。 赤く熟れはじめた桃と、緑の色彩の対比が明快で美しく、桃の甘い香りとみずみずしさが画面に満ちている。 また、九谷焼きの中に桃を配したこの作品には、 白い皿にオレンジやりんごを置く西洋の静物画とは違った日本的な落ち着いた趣がある。
このように意図的に省略や強調、変形を施す構成には、写真のような引き写しではなく、 対象をそのままに、対象の特徴をあるがままに描き出したいという安井の熱烈なリアリズム感が多分に表れており、 安井の静物画の中でも傑作中の傑作といえる。 この作品を描いた頃には、セザンヌをはじめとする滞欧時代に学んだ西洋の様式を昇華し、 日本人の油彩画、さらに言えば安井自身の油彩画を確立していたことがわかる。