菊童女
岸田 劉生( 1891-1929 )
岸田劉生による日本画作品。
大正9(1920)年、劉生は『劉生畫集及藝術観』を上梓する。
それまでの画業と自身の芸術論をまとめたもので、装丁原画も自ら手がけた力作であった。
劉生はその中でも特に見返しを気に入ったらしく、出版後にも同様の図柄での制作を試みている※1。
この見返し絵は「濃いタイシヤ(代赭)の地面に白描の麗子が坐してまわりを菊がとりまいてゐる※2」というもので、本作品のルーツはそこにあると考えられる。
画中で花に顔を寄せる少女はまず間違いなく娘の麗子をモデルにしている。
しかし、その表情となるとどうだろうか。 10 歳に満たない女児がこのような艶のある笑い方をするものだろうか。あどけなさだけではない何かがここにある。
日本絵画史を遡ると、この笑みに近いものが現れる。江戸絵画中の女性たちである。
初期の浮世絵美人画や、その母体となった近世風俗画の中に同種の艶を感じることができる。
具体例を挙げて直接の影響関係を指摘することは難しいが、折に触れ浮世絵の複製を眺め、後には蒐集にのめりこんだ劉生である。
自作品に影響が現われても不思議ではない。「内なる美」の表現を追い求め、浮世絵や宋元画といった東洋美術に傾倒しつつあった劉生が、既にそれらから制作上の手がかりを得ていたことを感じさせる興味深い作品といえよう。
※1:ボール紙に描き、気が向いた時に続けてみようと綴っている。
岸田劉生『岸田劉生全集』岩波書店、1979年、第6巻p.120
※2:岸田劉生『岸田劉生全集』第5巻p.455