わさび谷

熊谷守一

この作品も対象を単純化し、色彩を輪郭線で囲むという熊谷守一独自の様式による作品である。
守一は、昭和10年代から対象を大きく塊として描き、輪郭線で囲むという様式の作品を制作し始めた。しかし、初めは輪郭線の中の色は必ずしも平塗りの単色ではなく、1942年(昭和17年)の「五色沼」や1943年(昭和18年)の「秋」のように、輪郭線の中に複数の色が使われている作品もある。このような作品から、やがて昭和30年代になると、色面は筆触を押さえた平塗りの単色となり、輪郭線が単に色面を囲む役割だけでなく、画面全体の中で色調の一つとしての役割を担う作品も制作するようになった。

この「わさび谷」はそのような作品の代表作の一つである。色面を囲む暖色の輪郭線は「百日草」や「わさび谷」などの作品よりも太く描かれている。この輪郭線により、画面の中に山を照らす太陽の光が生みだされている。ここでは、輪郭線は単に形の表現だけでなく色彩としても画面の中で活かされているのである。また、鮮やかな青と三色の緑の諧調が谷あいの清涼感を見事に表現している。特に中心に描かれた青が谷を流れる水を思わせ、画面の中に涼気を誘う。明快な色彩の配色とそれを囲む輪郭線により、わさび谷をつつむ光と空気を描き出すという守一ならではの感覚と 表現力が光る作品である。