茄子図

岸田劉生( 1891-1929 )

1919年(大正8年)、京都・奈良という古代から続く文化が色濃く残る伝統的な町を旅したことは、劉生の人生に転機をもたらした。それまで西洋美術に関心を傾けていた劉生にとって、西洋の油彩画とは表現方法の違う日本や中国の美術は新鮮に心に入り込んできのだろう。この頃から劉生の関心は東洋美術へと傾いていくのであった。この関西旅行の後も劉生は友人の買ってきた東洋の古美術に熱心に見入っている。

劉生が特に興味を持ったのは宋・元の写生画、南画、浮世絵である。この作品は、1924年(大正13年)6月11日に制作されたもので、中国宋代の院体画風の細やかな線による厳格な描写が息を呑むようである。画面の右下から伸びた枝はこれ以外にないというほどに絶妙な均衡を保って描かれているが、それが極めてさりげなく自然である。余分な要素を描き込まずに茄子の一枝と実を簡潔に描き、落ち着いた色彩で静かにまとめたこの作品は、幽玄な神気に満ちている。