あじさいと鶏
熊谷守一
「私は生きていることが好きだから、他の生きものもみんな好きです。」(※)と述べた熊谷守一は、生涯を通して生き物を愛し、生き物と共に暮らした。特に鳥や虫が好きで一日中眺めていても飽きなかったという。例えば蟻を何年も観察し、蟻が歩き始める時には左の2番目の足から歩き出すことを発見したほどである。この観察力は生き物に対する親しみからくるものであろう。このような守一は生き物を題材にした作品を生涯描き続けた。
さて、この作品では紫陽花も鶏も単純化された簡潔なフォルムで描かれている。首を前に伸ばし、左足を差し出して餌をついばむ鶏の体勢は、本物の鶏の動きを的確に表現しており、画面の中を鶏が歩き出すのではないかと思うほどである。羽に隠れた右足の動きや次の左足の歩みを頭に思い浮かべることが出来るのだ。また、紫陽花は緑の大きな楕円の中に小さな楕円を配して表現されている。花を表す楕円の不規則な配置が逆に実物の紫陽花の咲き方を端的に、自然に表している。熊谷守一の作品は、一見すると抽象的で図案のような作品に見えるが、決して単なる抽象ではなく、簡潔な形と色の表現によって対象の本質を描き出しているのである。この簡潔な表現は生き物を慕い、生き物に命を通わせて、常に観察してきた守一であるからこそ、創り出すことができたのだと考えられる。
※『獨楽 熊谷守一の世界』 講談社 1976年